経済・政治・国際

やっと目覚め始めた日本人

 最近見たNHKテレビ番組に「地域発!どうする日本物価高騰を乗り切れ・・・」というのがあった。格差社会だとか景気不況だとか、物価は値上がりするも収入は一向に増えない現在の日本の状況に街中で何とかしなければの生活防衛の気運が満ちている。

 いままで高度成長社会の空気に浮かれて過ごして来た我々も考え直さないとならない時代に入ったようだ。今年度の4-6月期の内閣府発表によるGDP(国内総生産)は年3%のマイナス成長となり、7年ぶりの減少率だそうだ。日本経済は明らかに後退色を強めつつあると言える。これでは景気が悪くなるのも当たり前だ。

 先ずは自分たちの身近な生活を見直すべきだろう。

 一番肝心な食生活、あの事故米騒ぎで日本中が揺れているが、とんでもない悪質業者がいたものでこれには自己防衛しかない。日々の食べ物の節約、ライフスタイルを変えて何でも買って済まそうというのを止めるべきだろう。モノは溢れ、販売中心の生活には出来る限り値段の安いものを求める。安売り競争が始まり、儲けを見込んで安売りを続ける裏にはこうした偽装やとんでもない流通がまかり通るようになって来る。適正な価格で、正常な販売が行なわれるように悪質業者を締め出さなければならない。

 ①地産地消を中心にして、新鮮で無駄な燃料を使わない運送による食物を手に入れる。②なるべく自家用車を使わずに公共の乗り物を使うようにする。③リサイクル出来る物は極力リサイクルで使う。こうした流れの中で、地元の野菜や産物を購入する傾向が高まり、見てくれの悪い野菜でもどんどん使うようにすれば結構なことだと思う。また地方に行くと、自家用車中心で公共のバスや鉄道が次々と廃止になっている。これを復活する手段が、公共の乗り物を大いに活用することだ。こうした行動が有効になってくる。リサイクルと言えば、ゴミの分別もさることながら燃料高に廃油を利用することなどが注目されている。地方によっては、実際に天ぷら油の廃油を公共のバスの燃料などに利用しているところがある。

 いずれにせよ、政治に生活向上を期待するのはよいが実現には程遠いし個々の生活まで保障できるものではない。自助努力で可能なものは、いまからすぐにでも始めなければならない。いまの日本は、最早かっての経済大国並みの生活が出来る環境にはないのだ。ヨーロッパ諸国のような成熟社会へと進んで来たと見るべきだろう。

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物価高を巡る2強の動き

51617y1tkpl 原油高に始まったいろいろな物価の値上げ、国内の小売業界にも消費の低迷が波及して売り上げの伸びに苦しんでいる。

 中でも注目されているのが、流通業界の二大大手スーパーのセブン&アイとイオンの動向である。戦略の練り直しにより現状打開を模索して、少しでも売り上げの向上を図ろうとしている。その中で両社に共通しているのがプライベートブランド(PB)による安売り勝負での売り上げ増確保である。

 しかし、そこにも両社の考え方の違いがあるようだ。

 とくに生活必需品の値上げが、売り上げの足を引っ張っている点に着目して安さで勝負するためのPBは欠かせない商品構成と言える。その中でイオンのPB「トップバリュ」は、食料品を中心に約5000種類、今年の3~5月の売上高では前年同期比で32%増となっている。ヨーカドーの「セブンプレミアム」も約400種類、この1年間で当初の計画を60%上回る売り上げを記録している。

 PBに対する両社の大きな考え方の違いとは次のようなものだ。

 セブンプレミアムは全商品に、製造を委託している会社名を明記しているのに対してトップバリュは会社名を表示していない。その理由は、セブン&アイが「品質に責任を持つのは当然であるが、消費者はどこの誰が作ったか知りたいはずだ」と言う。もう一方のイオンは、「品質には販売者が責任を持つべきで、小売業はメーカーの販売代理人ではなく消費者の代理人であるべきだ」との論理で農薬検査なども徹底して行なっている。

 また、PBの品揃えについては、セブン&アイが「1年半後の商品数を現在の3倍の1300種類とし、商品全体の20%に止めて消費者の選択肢を狭めないようにする」のに対し、イオンは「PB商品数を6000種類まで増やし、将来は食品の半分がPBになってもよい」としている。イオンの方がよりPB重視を鮮明にしていると言える。

 そうした中で、両社とも大手メーカー品を大幅値下げして売るディスカウント店舗を計画しており、スーパーとしての使命感とも言える「より安く、良い品を求める消費者心理の獲得努力」に応えようとしている。現在の日本の小売業界の巨大二大グループの行方にはまだまだ目が離せない戦略構想があるようだ。

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この矛盾にどうしたら

 毎日、為替相場を見ているのだが、円安傾向が止まらない。

米国がサブプライム問題で揺れて、世界は一時パニックになったものだが手早い応急措置で減税して何とか立ち直った様子も見える。日本は、日銀総裁問題で擦った揉んだしたが何とか落ち着いた。それは良かったのだが、相変わらず低金利で預貯金の預け先はタンス預金と変わらない金利である。これから団塊の世代が退職金を手にして、その運用に心配して行かなければならないのにどうしたらよいのか?

 株は、外国人投資家が買ってくれるから保っているようだが、それとて安定性のないもので企業は配当をひねり出すのにシックハックしているのが現状だろう。これらから、どうしても運用資金は海外へと向かう。

最近は原油高を始めとして、それから派生するあらゆる物の値段が値上がりしている。中でも食料品の値上がりは、日々の生活に直結しているだけに深刻だ。それも世界的な流れになってきて、世界の各国は食糧自衛に乗り出して来ている。我が国も、これまで減反政策を続けてきた米の生産を逆に生産奨励へと切り換えようとしている。しかし、備蓄米は相当あるので、これを消費して何とかせざるを得なく、農水省は「米を食べましょう」と大きな広告まで出した。

 あるエコノミストが言っていたことだが、世界のこの原油高や食物・飼料高の原因は投機マネーが流れ込んだことに起因しているそうだ。要するに金余り現象が、その運用先に困り何でも投機へと向かっている訳だ。それにしても金は余っているのに、その余っている金に苦しんでいる我々は一体どういう存在なのだろうと思う。

まあ、余っていると言っても有るところに在るだけで、無いところには無いのだ。

それが為、世の中は格差だらけで物騒な犯罪が起こるし、戦争だって起こりかねない様相を呈している。国内の事情でも政府は金が無く、大変な赤字財政を何とかしなければと、あの手この手の財政赤字解消策を行おうとしているが、その一つがあの「後期高齢者医療制度」だと言う。ここでも一番金のない年金生活者が困って怒っている。

 新聞に出ていた話に、ある国際アナリストに聞いたところ、投機マネーが流れて来ている先は日本からだと言う。国内で運用先のない日本人の投資マネーが、投資ファンドにより運用先を求めて商品投機へと流れている。そのため食糧の調達の殆どを海外に依存している国内の食料品は値上がりする一方だという結果になっていると言うのだ。

 自分たちで自分の首を絞めているこの矛盾にはどうしたら良いのだ?

 いまの時代、これほど政治を頼りにしなければならないと言うのに与野党はさっぱり期待に応えてはくれない。我々はいったい誰を頼りに生きるやらである。

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どうして当たり前のことが

 各企業の決算書が出され、新年度に向けての事業が始まろうとしている。

ここで、いま問題視されているのが日本企業の海外現地法人の利益滞留だ。日本の現状は、見ての通り消費は冷え込んでいて企業は国内で利益獲得など無理な状況は明らかで、大企業を中心に殆どは海外での利益によりバランスを保っている。

 それでは何故同じ企業の中でこうしたことが起こるのか?

日本の企業でありながら、その儲けた金が国内で使えない矛盾はどうしてなのか?

これはどうやら日本の税制にあるらしい、海外からの法人利益を国内に持ち込む場合に法外な税金が掛かるため企業は現地に滞留させながらそれを活用する手だてを講じている。これはどう見ても不可解と言える。

先般、甘利経済産業相はこのことについて言及し、国内にこうした利益を還流させることで景気浮揚の一翼を担いたいとした。至極当然な見解である。

国民はこのような不条理を知らないままに、少ない収入で我慢を強いられて消費も低迷している。

昨今は国際競争力を高めなければと、企業も内部留保を充実させながら株主配当にも大きく稼ぎが出ていく環境に置かれている。とくに国内の証券市場は、外国資本による株主が多くなり、物言う株主が一段と増えていて対応も難しくなっている。

それに対応するためにも企業法人税は高く出来ない事情は十分と理解できる。

そこは法人税の徴収とは別にこうしたものは、是非、税制改定より非課税してでも国内で使えるようにすべきである。政府の見解を支持して声を上げたい。

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考え方が違うとこうも違う

 先日、テレビを見ていたらリサイクル問題についての日本の危機的状況があることが分かった。
NHKの番組「クローズアップ現代」によると、いま中国の資源獲得戦略は世界的規模で進んでいるそうだ。我々が資源と言うと石油や鉱物資源などの天然資源しか想像しないが、中国はあらゆる物を資源としてリサイクルしようとしている。それも国家的戦略に基づいてそれを行っているのだ。

日本のリサイクル事業は、もともと「排出されるゴミ処理をどうするか」という視点が原点だったように思う。そのためそれに関わる業者は零細業者が多く、自治体は税金を使って処理しながら、それを如何に少なく効率的に処理するかの視点に立っていた。しかし、捨てられるゴミの処理にも限界が出てきて困った挙げ句に、やっとリサイクルという方法で処理場を無くして有効活用しようと言う方向へと変わって来たように思う。

ところが、中国は最初から経済成長をもくろんだ戦略的な資源獲得へと視点は定まっている。その代表例としてもアフリカや中近東、オーストラリアなどの資源国と言われる国々への外交上の政策や対応は際だって友好かつ戦略的である。それに加え、ゴミと思われる物であってもすべて資源として捉えて獲得へ向かっている。

そのため、これまでリサイクルへと自治体主導で舵を切ってきた日本のリサイクル事業が崩壊しようとしている。つまり、ゴミとして出されたリサイクル可能なゴミはすべて中国の業者へ高額で買い取られ、零細な収集業者は姿を消して行き自治体の事業にも資源ゴミが集まらないという現象が起こっていると言うのだ。

これまで多額の税金をかけて立ち上げて来たこうしたリサイクル事業が立ちゆかなくなり、また税金の無駄遣いと化してゆく日本の姿を見るにつけ、いまの年金、医療、道路などすべての視点に一致した流れではないのだろうか?いったいこれから先の高齢化社会の中で活力も失われて来る国の経済と言い、失われて行くものばかりでは国家的危機感を感じてしまう。

国の根本政策を間違えると、たちまちこうした国民全体に危機が来ることを覚悟すべきと言える。場当たり的な備忘策で過ごしてきた政治にも大きな責任があり、今なお国の政治は混迷の度を深めてもいる。長期的展望にたった国の政策が行われなければ、この国は滅びる運命にあることを政治家諸氏に強く訴えたい。

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姥捨て山と言われて

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 いまもっとも話題になり始めた「後期高齢者医療制度」、聞こえが悪いから長寿保険制度と呼べ、との意見もあるが、長生きして社会のお荷物になってきた高齢者の方々を直撃している。

かって、あの深沢七郎氏の「楢山節考」が話題を呼んでから久しく聞くことのなかった言葉だ。

社会の絆が薄れるにつれ、家族制度が崩壊の憂き目を見るにつれ、こうした空気が大手を振ってまかり通る世の中になってきた。親は子供を捨てたり殺したり、そのまた逆も頻繁に起こっている。

これまで営々と社会を築いてきた年配者を尊敬する気風は薄れて、親も子供に媚びを売って生きている世の中になってきたのか寂しくなる。

この現象をこういう解釈をしたら、どうなのだろう?
昔は大家族の中でお爺ちゃんお婆ちゃんは親に影響を与え、親は子供に躾をキチンと出来た。つまり大親と親が一緒になって子供の躾をしてきた。そこには双方に子供から尊敬を得る風土があったと言える。それを壊したのが経済優先の世の中だ。大家族中心社会では、経済効率が悪く核家族化することで経済効果を上げる社会が構築される。
つまり、社会の安定秩序よりも経済優先が社会構造を不安定なものにしてきたとも言えないだろうか。

今度新たに創設されたこの「後期高齢者医療制度」も最初に経済効率を想定して、小泉内閣の時に決まったものだ。たしかに年を増すごとに医療費の支出は高まる。この当然の摂理を経済的尺度だけで決めて行く。
そこにはお年寄りを大切にして、我慢するところは我慢してそこへお金を注ぐという発想はない。お年寄りはこれまで一生懸命働いてきて自分たちのためにいまの社会をつくってきたのだという考えは及ばない。とりあえず、うるさい連中のために年寄りにもお金を出してもらってその場を繕うとの発想だ。

時の総理の小泉総理だからこそ出来た制度かも知れない。
あの政界の長老の中曽根元総理をして言わしめた「これは政治的なテロだ」という言葉は、政治の世界も長寿への礼など関係ないとして効率優先による選挙を進めたことで知られている。

こうしたかっての日本を支配していた「息隠の情」などはどこ吹く風の気風は、欧米的な割り切り思想に取って代わられた。社会の中で弱い者はますます弱くなり、強い者はますます自己の力を発揮してくる風土が出来上がりつつある。一億総中流と言われていた昔は夢のまた夢に消えつつある世相が昨今の世相ではなかろうか。

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日本人的盛り上がり

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 米国大統領選も終盤を迎え、異常な盛り上がりを見せているがこれが日本国内にも飛び火している。
それは米大統領選民主党候補者のバラク・オバマ上院議員の応援をしている街が日本にもあるというニュースからだ。そこは福井県の小浜市である。読んで字のごとくまるっきり違うのだが、発音が同じだと言うので大変親近感を感じての上でのことらしい。勝手連の応援団まで登場した。

 米国でいま熱戦中の本人にとっても、直接選挙に影響はないにせよまんざらでもなさそうだ。先頃放映されたテレビで、日本のテレビ局のアナウンサーが「日本の小浜市をご存じですか?」とインタビューしたところ、彼いわく「Yes,Nice town」とお答えになった。以来、小浜市の市長とも交流が続き、ますます応援がヒートアップしている。

 そんなこんなで、当のご本人からメッセージが届いた。「小浜市のみなさんの支持と励ましには感謝している。私たちは共通の名前以上のものを分かち合っている。」と記されていたそうだ。小浜市民にとっても泣けてくる位嬉しい話ではないか。自分たちは米国大統領選の候補者がたまたま同じ名前の人であったが故の「街おこし」に利用させてもらっただけなのに、あまりに熱を帯びた応援振りが海を越えて米国の本人まで伝わったということだ。

 これに意を良くしたのか、報道もエスカレートしてきた。先日には米国のCNNテレビが小浜市まで取材にも来ている。これこそ草の根民間外交の素晴らしい成果でもある。


 日本の国会に目を移すと、民主党は民主党でもなんと情けない対応振りなのかと思いたくなる。
ワンフレーズ・ポリテックスとも言われる手法で、米国民をも魅了しながら選挙戦を勝ち続けているオバマ候補に叶わぬ夢を託す事ぐらいしかないのが我が国の政治の現状なのかも知れない。


 

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新しい年の始まりだ

 平成20年という新しい年が幕開けした。
それにしても、昨年はなんと忙しいいろいろな事件続きの年となったのだろう。今年こそ落ち着いた国民が安心して暮らせる年になって欲しいものだ。福田総理も「生活者が主役である年にしたい」と宣言した。
政治を預かる者としては、当然の言葉だと思う。どこかでまだ主権在民ではない思想が残存していて、いわゆるお上が大きな顔して悪代官ぶりを発揮している日本社会には困ったものだ。

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昨年は年金問題を中心に厚生労働省の諸悪の根元が白日の下にさらされ、年が明けた早々から道路財源を巡る暫定税率の問題で国交省のでたらめ振りが暴露されている。これだけ好き勝手に貴重な税金を食い物にされて、消費税を上げるだと、いい加減にせい!と言いたい。

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こんな事を許していていいのか

 いったい国や地方の自治体は、これまで何をしてきたのだろう?
最近、救急患者の受け入れがあちらこちらで、断られている。先日も大阪で89歳の女性が搬送2時間を要して29の病院から受け入れを断られたと言うではないか。挙げ句の果て、2時間後に市外の病院で亡くなったとの事である。その前は出産に際しての受け入れをしてくれずたらい回しされた妊婦もいた。救急患者の受け入れは、奈良、兵庫などの各地でも発生している。国の医療行政や各自治体の取り組みは日常的にちゃんと把握出来ていたのだろうか。各機関の連携がまったく出来ていないのは驚くばかりだ。

 年金問題と言い、ちょっと前までは「百年安心の年金」などとまったくのお溜めごまかしみたいなことを平気で国民に言っていて、この始末だ。人口統計にしてもいまや少子化などと騒いでいるが、統計業務がきちんと行われていれば、とっくにこんな事は把握できていて先行きの対応も可能であったはずだ。国のプランを策定し、それを実行に移していく機能がまったく崩れてきている。いったいこの先安心できる生活は保障されているのか本当に危惧されることばかりだ。医者不足が原因と言ったり、忙しくて手が回らない状況と言われているけれどそんな事は一挙に来る訳はなかろうに、それまでのタイムラグを何していたのかと言いたくなる。

 国民が必要としている大切な部分でサボタージュが行われているのかとさえ思いたく現象だ。総務省の消防庁では「これだけの病院に搬送が断られたのは聞いたことがない」などと他人事のようなことを言っている。総務省や厚生労働省の役人がこんなことではお先真っ暗と言える。政府はこういう重大事項は、逐次精査して対応を検討すべきではないのか?各機関があまりにも自由きままに業務をしているのでは困ってしまう。行政機能の執行力にもっと権限を高めて、強く指導できる体制が望まれる。

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金が無いのは苦しい

 来年度予算の財務省原案が発表された。福田内閣が難問にぶち当たり、選挙の声が高くなってきたせいか、バラマキとも取られかねない中身が見え隠れするとも言われている。新たな借金の新規国債の発行額は減らし、あの埋蔵金と言われていた特別会計の中から国債発行残高に繰り入れて借金を減らしながら苦しい予算編成となった。

 それにしても民主党のある種バラマキ政策のまねをするような中身は感心できない。選挙に負ければ元もこうもないと思ってのことだろうが、地方格差が大きくなってそれに伴う要求も強く数多く出てくるとしても国民の声を無視した政権内部のお家事情だけで決められるのは困ったものだ。中長期の経済政策も何のそのとばかり、場当たり的に決めただけに基礎的財政収支であるプライマリーバランスは5年ぶりに赤字になったそうだ。

 とにもかくにも内圧、外圧に苦しめられている我が国のお家事情には大変な内閣ではあるだろうが、政治の原点は何かということを肝に銘じて欲しいものだ。いま騒がれている「薬害肝炎問題」にしても、そもそも問題の発端は国の薬事行政にあり国民はその被害者である。そこを見間違えたような対応をするから国民の怒りの矛先は収まらないのだ。この解決策では国と国民が乖離した戦前の国体を想起させる処理である。もっとも怒れるのは原因をつくった役人がのうのうと天下って何らの処置もされないことだ。

 また外圧としては、米国追従のつけとも言えるサブプライム問題で日本の大手都市銀行に資金供出の依頼が来ていると言う。これをはね除けることが出来るかどうか?国民の預金がこのように使われ、万が一それが焦げ付いたようになると国民はすべてが信頼感を失う羽目にもなりかねない。なけなしの虎の子を他国の救済に泡と消えるような事態が発生しないことを危惧するばかりだ。一方で、国内事情のために金利を上げることをためらっている日銀だがこのまま円安が続くようだと内需は盛り上がらず、外資による買収のみがはびこる要因にもなりかねない。現に米国の最大手のシティはサブプライムで赤字だらけにも拘わらず日興コーディアルの買収に成功し、日本の金融市場への橋保薹を築かんとしている。今後はどうなるのかが危惧される。

 このようにすべてがドタバタで行われていると、グローバルな金融世界の中の日本は、ますます格差が進行して米国型の社会に近づくだけである。いま日本の政治問題化しているすべての中身はここから発生している。大変な岐路に立たされてもいるが、優先順位を明確にして要求すべてに応えられないことを示すべきだ。小泉内閣の時も当初は「米百俵」などと将来展望を重視する政治が標榜されたが、成り行き任せのつけが残され、この始末になっている。官僚叩きに明け暮れるのではなく、罰は罰として彼らが働きやすい環境づくりを行い早い立て直しが希望される。

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どうするこのお金

 日本の個人金融資産が1,500兆円を超えたそうだ。大変な額である。

しかし、貯蓄しても一向に増えない。日銀も金利を上げようとせず、株式市場も冴えない状況下にあり、すこし増やそうと思ったら海外の投資機関による投資信託へと頼らざるを得ないのが現状だ。とくに株式市場は外人買いが主流で、それも先頃のサブプライム・ローンの影響で日本市場からかなりの投資資金が引き揚げられた。日米の個人資産を比較すると、ダントツで日本の現金・預貯金が多い、その差は4倍近くにもなっている。

 その金が海外に流れるようになったら、国内の景気はますます低下気味になるだろう。我が国は輸出産業の稼ぎで成り立ち、米国のように国内消費は活発ではない。その米国の消費を冷え込ませたサブプライム問題は、回り回って我が国の景気に大きな影響を与えているのだ。この不良債権処理に対しても米国連邦準備銀行(FRB)は、対応出来ないほどの状況下に置かれていて、ついに欧州銀行が間に入って処理の手続きに入った。

 欧米銀行共同体による短期金融によるこの作業は、じつに素早く柔軟性ある処理により早期回復が期待されている。これに対して我が国の対応ぶりは遅々として進まず、国債残高も減らず、対外債券の処理による赤字国債処理もままならない状況である。株式市場はと言えば、上場企業の時価相場の比較は日米とはまったく逆で最近は成長著しい外国企業による買収やファンドによるTOBなどの標的にされているのが現状だ。企業救済がなされないままにしていては外国資本のなすがままになる。最近の倒産件数はついに1万件を超したとの報道もあるが、これでは打つ手がないのも同然だ。

 国内の消費を盛り上げ、内需拡大に向けるにはどうすればよいか?

やはり、格差社会と言われている二極化に終止符を打ち、これまでの中間層の消費傾向を回復させることである。そして国内企業に元気になってもらうように株価の上昇が期待できる環境作りである。これから団塊の世代と言われる世代の大量退職により、さらなる退職金の運用も心配される。いまのように金利が期待されない預貯金では投資性の商品に流れる金が大半であろう。これを国内に留めて、景気振興の材料に出来るか、海外投資へと向かわせてますます市場が冷え込むか岐路に立たされているのが我が国の金融政策である。策が無いままにしていてはなるまい。

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サブプライムと原油高

 米国のサブプライム問題が尾を引いていて、世界経済は迷走を続けている。

先取りの内需を続けて、世界から資金調達を行ってきた米国の金融運用はがらくたの山を宝石に見立てていたことが判明して世界中を混乱に陥れたのはつい先頃のはなしである。それもなかなか火種が消えず、くすぶり続けている。そこが駄目やとなると、次なる標的を探して狙われたのが資源商品を先取りする石油だ。産油国は、さらなる高値を期待でき資源枯渇の心配ない高値を手にするためにOPECは生産増を止めた。

 いまや世界は資源を求めて各国がやっきになっている。とくに発展途上国にとっては、もっとも需要の多い資金調達手段として原油に匹敵するエネルギー資源をつくり需要に応えようとしているのが現状である。大豆生産国では原料の大豆を穀物として輸出するよりバイオ燃料として加工し、ブラジルでも広大な森林を開発して原料生産に拍車をかける動きが盛んだ。これによる環境破壊は地球規模のものとなり、地球温暖化はますます進行するに違いない。経済行為の無秩序な活動が、地球上であらゆる弊害を生み、格差を生じる結果となり先進国と貧困国との軋轢やそれによるテロの温床にもなっている。

 一部の金融資本を元にしたファンドは、世界を股にかけた動きをすることであらゆる金になる手段を見つけてはそれを種に運用してますます膨らんで行く。いま世界中に広がっている原油高の原因は、これらのファンドが石油を餌にして、生産コスト以上の大きな価格幅を上乗せした価格で利幅を乗せているのが起因している。いわば原油バブルとも言える現象なのである。これにより産油国はますます利益を手にし、ファンドもこれを利用した利益をもとに大きく資金調達しながら肥大化していっている。

 いまや世界の貧困率は、このような金融資産の動きによる虚構の経済により人々の経済格差を大きくしており先進国の貧困率ほど高くなりつつある。米国が17,日本15,韓国13という数字は格差の大きさに比例している数字なのである。かってのアメリカン・ドリームはいまやアメリカン・スケアとも言うべき転落人生への市場原理主義が横行する社会になりつつある。これを見ていると、日本は他山の石として米国型の市場主義社会を見習うべきではないということを銘記すべきだろう。

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それにしても

 東京都の石原都知事が吼えた。なんと国は無策極まりないのかと、最近の政治情勢を見ていると本当にそう思う。政治家がまったく小粒になり、官僚に舐められ、操られているようにも見える。いままで一緒になってやりたい放題だったのか、一部政治家による悪行を学習効果によって会得したからなのか国民は痛みつけられどおしだ。

 地方格差とは言え、あのような一時しのぎの税金の移転で地方を満足させる手法といい、医者不足で満足な治療も受けられない状況といい、年金の照合問題、厚生労働省による肝炎の秘匿など上げれば切りがない昨今の不祥事のオンパレードだ。腹立たしいのはその問題の当事者である役人が、何ら処罰も受けずにのうのうと天下りして更なる手当を手にしている現実は昔の悪代官を思わせる構図でさえある。いったいこの国の法律体系はどうなっているのか?

 西欧文明に目覚め、追いつけ追い越せとばかりに明治維新により近代化を図ろうとした時の政府はその担い手である役人に不文律の特権を与えた。それが今日まで何ら見直されることなく、性善説の名の下に温存されてきたのが官僚制度である。ところが勉強が出来てエリートであることは人格とは何ら関係なかったことが証明された。ノーブリス・オブリージュとは無縁になった勝ち組連中は、市場社会でさらに覚醒している。やっかいなことにそれを正さなければならない政治家たちが国民そっちのけで政権争いをしている。

 結局は国民が劣化したことで、そのツケが国民に返ってきているとも言える。みんなが他人の所為にして、うまくやれば成功だという人間ばかりが増えたのだろう。見えないところで己の所行を律する神はいなくなった。歴史のネジを回して遡らせて、もう一度教育再生して行くよりしようがないのかも知れない。成長したモンスターは滅びるまで待とう。これからの新しい芽に期待するしか仕方がないのかも知れない。

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こうも変わる世論の動き

 最近の内閣府の世論調査によると、日中関係が急速に良好へと向かっている。トップが替わるとこうも変わると言う好例でもある。逆に日米関係は良好ではないという人が増加した。この現象の大きなターンニングポイントは北朝鮮問題にあるのだろう。

 つまり米国が北朝鮮のテロ支援国指定解除したことである。さらに中国との関係で福田総理の対中国政策が大変好感を持たれていることも追い風になっている。当初から福田総理は靖国神社参拝はしないと宣言していた。これまで小泉総理の対米政策の日米同盟により海上自衛隊のインド洋における給油活動が続けられていたが、これがイラク戦争に使われていたとの疑惑が生じて国民の米国に対する不信感は大きく上昇した。米国は日本を利用してイラク戦争の片棒を担がせているこの行為には日米同盟とは何ぞやということである。

 とくに国内の経済状態がこれだけ逼迫している中で、血税の多くを他国の賛成しかねる戦争に投入しているかも知れないという不信感は「良好ではない」という世論が出るのは致し方ないとも言える。そこへ来て振り子のごとく対米一辺倒の小泉、安倍内閣から替わり途端にあの守屋元防衛事務次官の逮捕劇と日米の防衛にまつわる大きな不祥事が出て来たことはさらなる親中感情を醸成することになったのだと思う。

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「I shall return.」 は本当だった?

 あの時小池元防衛大臣が放った言葉、「I shall return.」は本当に確信があった言葉だった。当時、防衛事務次官だった守屋昌武氏を更迭しようとした小池大臣には女のカンで彼の防衛省での行状を見抜いた上でのことだった。マスコミは女性の感情論で、政府関係者ともども小池氏の非難をする報道が多かったようにも見受けられたが、これほどひどい状況とは想像もできなかったものと言える。

 それにしても、今度のこの一件は女房主導とも言える位のたかりの実態が暴きだされている。彼女は防衛庁での職場結婚での妻であり、おそらく在職当時からこうした空気には慣れ親しんでいたのだろう。ここらが秘密の園とも言われる防衛庁という伏間殿のなかで長年行われていたことを見ていて習得された学習効果とも思える。

 それはそれとして、国会では額賀防衛大臣を証人喚問に呼ぶか、呼ばないかで自民、民主両党が結論の出ない駆け引きを続けている。いったいこの駆け引きにどれだけの意味があるのか?国民の側から見ると、いい加減にしろとの思いに駆られるのが大半だと思う。そんなことよりやるべきことは山積みだろうにとの思いである。それにしても、国会は国民の代表が論戦をする場などといつも建前論ばかりがまかり通り、実のある政治ができていない現実には国民の一人として情けない思いばかりがつのる。

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にわかに喧しくなって来た

 米国のサブプライム問題に端を発し、ガソリンの底なし値上げに続き食品に関係するあらゆる製品値上げが発表されて来ている。そこへもって来て「ねじれ国会」による影響で与党は社会保障を中心に財源の必要を迫られ、米国からはテロ対策特別措置法の成立を突きつけられ手足を縛られた状態の窮地に立たされている。

 このままでは如何ともし難く、新たな財源をどうするかに一転集中する政府の動きが始まった。国民からすれば、反対をしたいのはやまやまなれど政府の懐事情はじゅうじゅうに分かっているだけに消費税の値上げは止む無しの心境になりつつあるようだ。国民生活に直結する社会保障だけは削ってもらいたくないのは共通している。

 それにしても、この不景気風が吹いてから初めて霞ヶ関を始めとする公費の無駄遣いがこんなに行われていたのかと目を疑うばかりにマスコミを通じて表に出てきている。官尊民卑は忘れ去った言葉かと思いきゃ厳然と生きていた。増税で片付けてしまえば何事も片付くといままでは済んでいたことも、これだけ不祥事として表に出てくれば政治も進むはずがない。一向に法案処理が為されない国会が続いている。

 そこに出て来たのが消費税論議だ。構造改革は一向に進まず企業の税負担は国際競争の中で引き下げへと進んでいる。残るは国民に自らが負担する社会保障中心の消費税と言うことで出て来た話しと言える。これまで選挙が怖くて封印されてきたこの増税論議ももはや限界になったようだ。小手先で行ってきた税制改革も手段が出尽くして、いままでのような訳に行かなくなったのだ。主要国の消費税を見てみても、日本ほど消費税の低い国はない。それはそれで大変結構ではあるものの、格差社会と言いながら弱者と呼ばれる人たちだけが税負担から逃れて、残る人たちの負担に頼ることはもはやできなくなりつつある。最後は生存権に根ざしたセーフティネットだけを強固にして消費税に増税の焦点を合わせることが一番税の公平性を保てるのではなかろうか?

 勿論、税金の無駄遣いの追求の手を緩めてはならない。国の借金は際限なく膨らみつつあるこの現状に、どこかで終止符を打つ必要があるのは当然である。これは、これまでの増税路線とは違い、国民が自助の精神の発露とした社会保障中心の納得できるもにする増税としたい。そうであるならば、与野党が一体になって真剣に取り組む課題になるはずだ。いたずらに空疎な国会論議をしていては国民の支持を失う行為と言える。

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