技を伝え、人を育てる
小川三夫さんという宮大工の棟梁の方が書かれた本だが、自らの人生体験を通して書かれた内容だけに説得力ある示唆が多くある。 今時の若者が読むと目からウロコが落ちること請け合いと思えるのだが、中にはこうした古めいた世界に軽蔑の目を向ける者もいるかも知れない。それはそれでいいだろうが、人生は人それぞれと思うがここに書かれている人たちの生き様には何事にも動じない強さがある。それは体験で身につけた本物の強さなのだろう。
「言葉では無理や」という内容がある。三百代言という言葉もあるが、政治の世界にも言葉で民衆を言い含める能力が優先され、それに長けた人物が当選してくると言ったら言い過ぎだろうが必要な能力ではある。職人の世界では技がものを言う。それも愚直なほどの真面目な職人が求められるとしている。
「器用は損や」という言葉で器用な人は器用に溺れ易いと説いている。とくに今の時代は効率優先を取る時代となり、こうした古めかしい徒弟制度の世界などは敬遠される。何でも要領よくこなせて、物覚えが速くて器用な人間が重宝される。しかし、宮大工の世界では長い年月の結果が求められる。そこには「一生懸命に勝るものなし」という言葉と同時に未来永劫に自分の成果が残る仕事が求められるのだ。
「育てるのと育つのは違う」とも説いている。育てることは大変なことであり、導き方によってはどこに行ってしまうか分からない人の人生がかかっている。それにしても親が育てることにどこまで理解できているか?育つためには環境と機会を用意してやればよい。大半の親がやっていることは、これではないのだろうか。塾に行かせたり、稽古事をさせたりして事足れりとしている親が多いようだ。学校もそうだ、パソコンを教えたり英語教育などを小学校から導入したりしている。それがまた子どもたちの犯罪行為を誘発する源になっている。英語教育をしてスキルは出来るかも知れないが、それを武器に国際社会に出て行き自国の文化を問われて何一つ答えられない子どもが出来たりする。
棟梁とは、組織や仕事を束ねる中心人物を指す、そこには自分を中心に幅広い影響力が及ぶ重要な職責を表してもいる。「任せる能力」が必要とされるのがそこなのだ。それには責任ある判断力が要求される。そのためには未熟なうちに任せて、信頼感に応えさせることだそうだ。任せる方もこれは物になる人物かどうかの見極めが必要になる。
「単純バカがいい」とも言っている。いま北京オリンピックがたけなわであるがあの柔道で、まさかあの選手がと思われる選手が負けたりする。そこには行動する前にいろいろと考えてしまうから、行動できなくなって負けて行く。先ず行動ありきで、やってみることが大切で、やりながら軌道修正すればよいと説いている。例えば、日本のお家芸の柔道などでももっとも有望視されている選手が負けて行くのは、こうした行動の前にある雑念とも思える諸々の考えが邪魔して身体が反応しなくなっているのだろう。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)



最近のコメント