日本の新婚旅行の開祖
いま、NHKの大河ドラマ「篤姫」が大変な人気になっている。そこには、坂本竜馬の盟友である薩摩藩家老・小松帯刀なる人物が登場するが、この人物は、文久元年に藩主の島津久光に才能を見出され、その側近となり大久保利通とともに藩政改革に取り組んだと言われている。文久2年に久光に随行して上洛し、その後は家老職に就いた。坂本竜馬との接点は、在京中でその後の薩土同盟などで諸藩との交渉、倒幕の密勅に大きな功績を立てた人物である。有名な坂本竜馬については、説明するまでもない人物だ。
さて、その小松帯刀についての珍しい新聞記事が掲載されていた。
掲載紙の「読売新聞」によると、日本の新婚旅行はいつから始まったのか?というテーマで、定説はあの坂本竜馬が妻のお龍と鹿児島県の霧島の温泉地に行ったのが最初だと言われていた。ところが、このほどその定説が崩れ、「竜馬より10年も早く、この小松帯刀が妻のお近と同じ霧島の栄之尾温泉というところに結婚後滞在していた」ことが小松の残した日記から判明した。
これを発表したのは、鹿児島市のNPO法人「まちづくり地域フォーラム・かごしま探検の会」という組織だ。
しかし、この旅行は、養父であるお近の父が病気療養で同行して夫婦水入らずではなかったそうで、家族旅行とも思えるものだったそうだ。これについて、代表理事の東川太郎氏は「結婚直後なので、小松には新婚旅行という明確な意図があった」と自信たっぷりと言われる。また、「篤姫」の時代考証担当・鹿児島大教授の原口氏は、「当時は夫婦旅行は珍しく、完璧な新婚旅行だ」としている。「養父を同行させたのは世間体をはばかってのこと」と推測している。
篤姫人気で、小松の注目度も高くなり東川さんは、郷土史をテーマにした講演会・観光ガイドにこの「小松説」を紹介しているそうだ。
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