学問・資格

高学歴の損失

  一般の大学生の就職率は少子化や団塊世代の退職等でまずまずの動きを見せてはいるが、大学院の博士課程を修了した高学歴の若者たちの就職難が大変だそうだ。それもとくに文系の人たちで修了者の25%が就職浪人だそうだ。

 41ajbuwlynl        最近、水月昭道さんと言う方が「高学歴ワーキングプア」(光文社新書)という本を著したがそれによると、博士号を取っても大学教員になれるのは数十人に一人だとされている。自身も博士であり今立命館大学研究機関の研究員だそうだが、これからの任期切れに備えて就職活動をしなければならないそうだ。

 いまや大学院はフリーターの生産現場と化し、コンビニで働いている人もいるそうだ。民間企業も採用には消極的で、企業の募集年齢を超えてしまう人が多いことからと専門知識は豊富かも知れないが社会常識や協調性に欠けるといった偏見がそうさせている。

 一方で、専門の就職支援会社「D・F・S」では、「大学院生は確かに優秀です。なにせ一つの研究をやり遂げた人たちだから何もしなかった学生より能力は磨かれている。」として反論しているそうだ。また、自分の能力に気づいていない院生もいて、研究テーマの関連会社で研究成果を披露するだけの就職活動が全滅状態だったがこの会社のアドバイスを受けて自己の適正を再確認してIT関連のデーター解析会社にすんなりと合格するなどの成果を挙げている。

 バブルで膨れ上がった高学歴教育政策の結果が、世情の変化でこうした受難の時代を迎えている。せっかく身に付けたこうした能力を無駄にしない社会が早く訪れることが望まれる。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

どげんとせにゃ

224pxe58c85e68bace887aae6b2bbe4bd93


 昨日、新聞を読んでいたら何と高校生のほとんどが宮崎県の東国原知事は知っているけれども、宮崎県がどこにあるのか知らないと言う調査結果が公表されていた。

まあ、たいして重要なことでも無いのだろうが、当の知事は驚いているだろうし、心中穏やかではなかろう。

これは何を意味しているか、つまり今の子供たちは情報の受け身に慣らされていて、それ以外のことには何ら関心を持たない結果を表しているのではなかろうか。ある意味恐ろしい将来を予見しているとも言える。

マスメディアの動向次第ではどうにでもなる人間を作り出している現状が垣間見えるのではないのだろうか。

いまの政治の現状と合わせ、自分たちの将来に何も危機感を感じず流れに任せて生きている若者を見ていると、これまで育って来た環境がそれを物語っているようにも思える。つまり、戦後の復興期を歯を食いしばり頑張ってきた彼らの親の厚い庇護の下に温々と育ってきた所以だ。

どこの世界、いや国でもその国の将来は若者あっての存続が保障されるのだが、こんな状況では本当に知事でなくても「どげんとせにゃ」と思いたくなるのではないか?

大学生たちを見ても、かっての貧乏学生は見られず大方はファッションにうつつを抜かし携帯電話で情報をやりとりしているだけで、まだ見ぬ先の情報には積極的ではなく目先の垂れ流し情報だけで満足している。

個々が考えた物事の判断が消えて、一律の回答結果しか出て来ないのは為政者にとっては都合の良い政治が行われることで一歩間違う判断で国の舵取りをされるととんでもない結果をも招く。

先の戦争で、日本は敗戦の憂き目からこれを学んだはずだったのだが依然としてやっていることは、戦前回帰と言えないだろうか。もっと賢くならにゃと戦争の犠牲者たちの声が聞こえて来るようだ。

つかの間の幸せであっては困るのだ。世界の動向を鋭く観察しながらこの幸せを維持する術を身につけ、列強と吾して行ける知恵を身につけなければいけない。若者にはその義務があることを教えるべきだろう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)