住まい・インテリア

廃屋を語る、その2

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 何の変哲もない廃屋かも知れないが、左右の大小で一対の廃屋なのだが分かる?

これは田舎で見かけた廃屋、もうツタが絡まって住人もいなくなって相当経つのだろう。それが小さい方の小屋をよく見ると、昔田舎で使っていた厠なのだ。と言っても若い人には理解し難い建物だと思うが、簡単に言えば便所なのだ。

昔の農家などでは、住まいと日常使う便所はこれほど離れていた。

どうして、このような造りになっているのか?人間の排泄物が大切な肥料として使われていたからなのだ。ここで溜め込まれたいわゆる肥えと言われた排泄物が、ここから汲まれて畑に運ばれ、肥料として撒かれ美味しい野菜が出来ていた。

循環型の農業が行われ、江戸時代からの伝統農法として受け継がれて来た。

夜などにこうしたトイレに行くのは、嫌だった経験をお持ちのお年寄りもいるかも知れない。たしかに、これだけ離れていて恐らく明かりも無かったことだろう。子供たちにとっては、夜のトイレに行くのは恐怖の毎日だったと想像される。我慢に我慢して寝小便することも数あったことと想像される。

これも時代の変遷を経て、いまや全国的に水洗トイレが行き渡り飛躍的に衛生管理が行き届いている。物事は何事も一挙に発展するものではない。過去にはこうした生活を経て日本の国が豊かになってきたのだ。ありがとう、お百姓さん。

便利さとともに農業の自給率は、どんどん落ち込んで来た。いまでは抗菌グッズなども出回り異常なほどに衛生面で神経質になっている。同時に身体の抵抗力が低下して、ひ弱な若者も増えつつある。こうした若者には、こんな過去には想像も付かないだろう。

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廃屋は語る

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 何とも時代離れした廃屋が一軒、壁は昔懐かしい泥塗り壁である。

はるか時代を生きて来た時代の移り変わりを感じさせるが、その後ろに建っている家の屋根と比較すれば、よく分かる。

相当田舎の一軒家に違いないと思いきゃ、何とこれが東京都心の郊外なのだ。

今日の散歩の途中で見かけたのだが、周りの景色と比べてあまりに違和感があったので写真に納めた。それにしても東京近辺の変わりようは激しい。

この朽ち果てた廃屋は、やがて取り壊されるであろう。戦後一生懸命生きてきたのだ。何だか戦後頑張ってきた高齢者の姿とダブル光景にも見える。

じつはこの廃屋の前には竹藪が生い茂っていた。この老いさばらいた姿を人前に見せまいかとするように隠れていたのだ。

ひっそりと静かに生きてきたこの老屋はいまや死期を迎えようとしている。役目を果たし終えた満足感を感じさせるようなしっかりした外観だ。

長年の風雨にも耐えて、さすがに壁だけは崩れかけて中の竹で出来た骨組みを少しばかり見せてもいる。ありがとう、多くの家族を守ってくれたこれまでの歴史を・・・

古い物を次から次へと壊しては、新しい物へと作り替える文明はこのあたりで御免だ。

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