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男色が潜む名作

 早稲田大学教授丹尾安典氏の新著「男色の景色」(新潮社)が取り上げられて、日本の男色文化についての論評が読売新聞に掲載されていたので取り上げて見た。

 氏の専門は、近代美術史だそうだが、男色については20年前に学内で「本朝男色美術考」を発表したのが始まりだそうだ。

 男色研究の先駆者は、戦時中に病没し、その後仕事の全容が公刊された岩田準一氏で丹尾氏も取り上げている。歴史学では近年、史実として男色を扱っているそうで、院政期の政治では後白河院のそれを抜きには語れない。戦国時代から江戸時代初期の武将にとってはありがちなことだった。松尾剛次著の「破戒と男色の仏教史」(平凡新書)は中世の戒律復興運動が力を持った背景として、男色が一般的だった仏教界の実情に注目している書である。こうした現象は、貴族や武士・僧侶など各階層が生んだ芸術・文化へ影響を与えたと言われている。

 丹尾さんの本は、史料を引用して縦横に論じている。例えば、梅や菊にまつわるイメージとして、いち早く春に咲く梅は「花の兄」、秋に咲き残る菊は「花の弟」と呼ばれ、しばしば男色関係の兄弟を意味したと言われる。取り上げられた作品の一つに尾形光琳がパトロンを描いた「中村内蔵助像」がある。この絵は、特別な感情をにじませる入念な肖像だが、画中の扇には梅が描かれている。無論、梅や菊がすべて男色を暗示する訳ではないが、そうした文脈があったことは無視できない。

 また、出光美術館所蔵の奥村政信「中村座歌舞伎芝居図屏風」には舞台の少年を見つめる僧侶が描かれ、その熱心さを連れの若衆が気にしている様子が描かれている。「絵の中の小さなドラマも、男色を念頭から消してしまっては目に映じてくることはない」と丹尾さんは話している。そのほか近代文学の中の井伏鱒二の「山椒魚」、川端康成の「伊豆の踊り子」などの名作にも、かすかに男色の気配が漂っているとしている。

 人によって好悪は分かれるだろうが、「性のテーマは誰もが抱えている問題であり、そういう人間的なところから蓮の花のように芸術的なものが花開くことがある」と丹尾教授は述べておられる。

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