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いま江戸東京博物館では

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大名駕籠

  昨年のNHK大河ドラマ「篤姫」は大変な人気で視聴率は好調のうちに終了した。

いま江戸東京博物館では、それを記念する意味での特別展が開催されている。1月25日までが「徳川将軍家ゆかりの女性」という企画展、もう一つが特別展の「珠玉の輿」で、2月1日までの開催になる。その中の目玉は、なんと言っても米スミソニアン協会所蔵の篤姫所用の女乗物と同博物館の本寿院所用の展示だ。篤姫と本寿院の二人の女性、NHK大河ドラマで一躍有名になった歴史上の人物だが、二人は13代将軍徳川家定の正室と実母の関係になり義理の母娘だ。

 江戸の町を行列が進む時、その中心になるのは大名が乗る駕籠や女乗物、輿などの乗物だ。こうした乗物が自らの権威を誇示する道具にもなっている。

 江戸東京博物館の学芸員斉藤慎一氏によると、篤姫と本寿院の乗る女乗物には随所に類似点があることでは、同じ時代に同じ工房で作られたと理解されるが比較して行くと微妙な仕様差が見られると解説している。金具や内装画に差異があり、篤姫乗物の方がグレードが高いそうだ。篤姫のものには徳川家の葵の紋や近衛家の牡丹紋が蒔絵にされているが、本寿院のそれには葵紋がないと言われている。こうした差は偶然ではなく、何らかの差異を表していると考えるべきだと言う。つまり将軍の正室と側室の差ではなかろうかと推察される。酷似しながらもこうした微妙な差がある女乗物が同時代にあったのは、江戸時代という背景にその社会的な背景が隠されていたのではと推測されている。

 江戸幕府は、徳川家康に始まったが家康と言えども乗物を自由に選べた訳ではなかった。乗物の利用が認められたのは、豊臣政権下に五大老の1人に選ばれたことで法令で利用が認められた。当時は騎馬が基本であった時代で、乗物の利用は特別なものだった。また、征夷大将軍になった時には朝廷から牛車の利用が認可された。こうした利用の認可は、政治的な地位に関係していて、その根拠となった法令が「武家諸法度」だったと言われている。実際には地位、立場によってもっと細部にわたって仕様に差が設けられていたとも言われている。

 女性の場合にも江戸時代の書籍にはランクが記載されているそうだ。<総黒漆塗に金蒔絵のあるものが最上のランク>とされ、将軍家や大国の大名家の夫人が使用したと記されているそうだ。小国の大名家や高禄の旗本家の場合は、蒔絵ではなくビロード貼りでこれまた所有者の地位が表現されていた。さらに上位に位置する女乗物もあることが分かり、その外装は黒塗りではなく、金銀などの粉が混ぜられた蒔絵の梨子地のものとされている。類例のものは現在では4挺しか知られていないそうだ。

 江戸時代には乗物は自由に選べるものではなく、極めて厳格な規定の下で実に細やかな差を意識して作られた社会的な背景を持ち、それは江戸時代という身分制度社会が生み出した産物でもあったと言われている。

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