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2008年9月

この異変をどう見る?

250pxgoldfishs  新聞を見ていたら、最近は「金魚すくい」に異変が起こっているそうだ。何でも客がせっかくすくった金魚を持ち帰らないと言うのだ。親子で金魚すくいに来ても、「可哀想だから逃がして上げようね。」と母親が子どもに言い聞かせる親が多いと言われる。

 金魚を扱っている露天商に言わせると、「子どもはみんな持って帰りたがっているのだけど、大人が嫌がる。ここ数年来の傾向だね。」との事だそうだ。かっては祭りの合間に金魚が足りなくなることもあったそうだ。そうした中で、露天商の本音は「実は、祭りの後には残った金魚は捨ててしまっていた。金魚のためにも家に持ち帰って可愛がってやって欲しい。」と打ち明けている。

 ところで、親側の本音はどうなのか?

 「死なれるのは困る。結局、世話で大変なのは親であり、家で死なれるのは困るんだ。」というところだと言う。こうした訳で、中には金魚すくいを止めたり、オモチャの金魚を使ったりする業者もいるそうだ。生き物を飼った経験のない若い親が増えて、金魚を飼うのさえ面倒くさいと思うのだろう。昔は幼稚園や学校の教室で金魚を飼っていた例も多かった。いまは先生も忙しくなったからなのか、減ってきている。昔を懐かしむ声では、「金魚を眺めて、嫌な気持ちになる人はいないはず。お金も大して掛からず、最高の癒しだと思うんだが。」との言葉もある。

 白梅短大の師岡教授(幼児教育)に言わせると、「飼っている生き物が死んで悲しむのも、子どもが命の重みを知る大切な体験です。」との指摘もある。確かに、最近の世相には簡単に人の命を奪ったり、自らの命を絶ってしまう若者も増えて来ている。それだけ命の重みが薄れて来ている証拠かも知れない。

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これでは先が思いやられる

 最近、内閣府の世論調査で「民法の成年年齢に関する世論調査」の結果が発表された。それによると、18歳成人に反対する意見が3分の2を超えたそうだ。

 昔は元服の儀式があって、男子がおおよそ12~16歳になると氏神の前で大人の服に改めた。江戸時代以降は女性も元服と称し、結婚と同時に、未婚でも18~20才くらいで行ったと言われている。勿論、平均寿命が今とは違う昔であれば当然との意見も出てくるかも知れないが、それだけ早く大人としての自覚を強いられる世相があったのである。

 内閣府が成人年齢に関する世論調査を行なったのは初めてだそうだが、全国の18歳以上の男女5000人を対象に実施したもので3060人から回答があった。それから見えて来たものは、次のような結果となった。

 民法では、20歳未満の人の契約は法定代理人の同意が必要と定めてある。この年齢を18歳未満とすることに79%が反対、賛成は19%となった。反対の理由としては、「経済的に親に依存している」60%、「自分がしたことに自分で責任を取れない」55%、「自分で判断する能力が不十分」52%が大半を占めた。

 親には民法に基づき、20歳未満の子どもの財産を管理したり、住居を決めたりする親権がある。その親が子どもが親権に服する年齢を18歳未満にすることに69%が反対していると言うのだ。まさに親離れを邪魔しているのは、親当人という構図が見えて来た。

 いまの世相の中で、子どもがいろいろ問題を起こすことには親に問題があることが多いと言われてもいるがこの結果は如実にそれを表しているようだ。これは鶏が先か、卵が先かではないが親に経済力がありいつまでも子どもを手元に置いておきたいからなのか、子どもに自立できる能力がないために大人になりたくないのかが問われている。

 何かにつけ政治との絡みで見ると、自分で自立できない生活をしていて格差社会が悪いとか政治家が悪いから我々は苦しいんだと他に責任を転嫁する風潮がはびこっている世の中を象徴する結果にも繋がっているのではと思えても来る。たしかに一面的にそういう事実はあるだろうが、その政治家を選んでいるのは我々国民なのだ。

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やっと目覚め始めた日本人

 最近見たNHKテレビ番組に「地域発!どうする日本物価高騰を乗り切れ・・・」というのがあった。格差社会だとか景気不況だとか、物価は値上がりするも収入は一向に増えない現在の日本の状況に街中で何とかしなければの生活防衛の気運が満ちている。

 いままで高度成長社会の空気に浮かれて過ごして来た我々も考え直さないとならない時代に入ったようだ。今年度の4-6月期の内閣府発表によるGDP(国内総生産)は年3%のマイナス成長となり、7年ぶりの減少率だそうだ。日本経済は明らかに後退色を強めつつあると言える。これでは景気が悪くなるのも当たり前だ。

 先ずは自分たちの身近な生活を見直すべきだろう。

 一番肝心な食生活、あの事故米騒ぎで日本中が揺れているが、とんでもない悪質業者がいたものでこれには自己防衛しかない。日々の食べ物の節約、ライフスタイルを変えて何でも買って済まそうというのを止めるべきだろう。モノは溢れ、販売中心の生活には出来る限り値段の安いものを求める。安売り競争が始まり、儲けを見込んで安売りを続ける裏にはこうした偽装やとんでもない流通がまかり通るようになって来る。適正な価格で、正常な販売が行なわれるように悪質業者を締め出さなければならない。

 ①地産地消を中心にして、新鮮で無駄な燃料を使わない運送による食物を手に入れる。②なるべく自家用車を使わずに公共の乗り物を使うようにする。③リサイクル出来る物は極力リサイクルで使う。こうした流れの中で、地元の野菜や産物を購入する傾向が高まり、見てくれの悪い野菜でもどんどん使うようにすれば結構なことだと思う。また地方に行くと、自家用車中心で公共のバスや鉄道が次々と廃止になっている。これを復活する手段が、公共の乗り物を大いに活用することだ。こうした行動が有効になってくる。リサイクルと言えば、ゴミの分別もさることながら燃料高に廃油を利用することなどが注目されている。地方によっては、実際に天ぷら油の廃油を公共のバスの燃料などに利用しているところがある。

 いずれにせよ、政治に生活向上を期待するのはよいが実現には程遠いし個々の生活まで保障できるものではない。自助努力で可能なものは、いまからすぐにでも始めなければならない。いまの日本は、最早かっての経済大国並みの生活が出来る環境にはないのだ。ヨーロッパ諸国のような成熟社会へと進んで来たと見るべきだろう。

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日本人再生・その2

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 10日から銀座の松屋デパートで「白州次郎と白州正子展」が開かれる。白州次郎と言えば、戦後の日本で敗戦処理に尽力した気骨ある日本人として、当時の占領軍(GHQ)と折衝してアメリカに物申す日本人として有名な人物であった。吉田茂首相の懐刀として活躍してもいた。

 この写真は当時の吉田首相と一緒に折衝のために米国に向かう飛行機に乗っている白州次郎の写真である。敗戦の日本は、GHQによりことごとく日本の言い分が通らない世界であった。多くの文化の違いを押し付けられていた。そこに白州次郎は、GHQの高官宛に「今に見ていろ」という内容の手紙を送っている。「今に見ていろ」と言ふ気持ち抑え切れずひそかに涙すと手記を書いて悪戦苦闘したと言われている。その手記も展示されているそうだ。

 彼は綿貿易商の裕福な家庭に育ち、英国留学もしていて身長180センチ以上あり日本で最初にジーンズをはいた人物として洗練されたファッションセンスも持ち合わせていた。

 また伴侶正子は、樺山伯爵家の二女で今で言うセレブ夫婦であり庶民の生活とは無縁な存在ではあった。次郎が同じセレブでも今のセレブと違う点は、流行にとらわれず自分の好みを優先させる姿勢を堅持して、トランク、腕時計、スーツは西欧の一流品を大切に維持しながら質素に暮らしたことである。

 一方の白州正子も文学と古美術をこよなく愛して、美術評論家の青山二郎や評論家の小林秀雄といった美を追求する目利きとの交流を通して審美眼を磨いた。幼少時から能を学び、それに関する随筆や評論、紀行なども晩年まで執筆した。これらの成果が展示されているが、その品々は正子の言う「美しい骨董を見ること使うことは、自分を豊かにする」ということに通じるのがよく分かる。

 個性豊かなこの夫婦は、晩年を東京町田市の「旧白州邸武相荘」で暮らし、ここは今でも時代を駆け抜けた個性の強いこの二人に思いを馳せるファンが訪れている。

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