日本人の再生
読売新聞より いまの日本人を凌ぐ日本人的人たちが現れた。非常に喜ばしいことだが、日本人そのものとしては複雑な思いに駆られる現象でもある。ここで紹介したい二人は、日本で活躍している演歌歌手のジェロさんと今度の北京マラソンで金メダルに輝いた男子マラソン・ケニア代表のワンジル選手の二人だ。
ジェロさんは、これまでマスコミで紹介されてきているが、彼のお祖母ちゃんが日本人でお祖母ちゃん子で育ってきて日本人の良いところばかり身につけている。特にあの礼儀正しいしぐさと控えめな態度は日本人ながら惚れ惚れする。歌の上手さは、並み居る日本人歌手を凌ぐパフォーマンスであり、これまた聴いていて惚れ惚れするのは万人が認めるところだろう。
もう一人の逸材は、恥ずかしいかな今度のオリンピックで初めて知ったのだがケニヤ出身のサムエル・ワンジル選手だ。テレビで優勝のインタビューに突然日本語で答えていたのに驚いた。何故、何故日本語を話せるケニア人なのだと。
その後の説明で、すでに6年前に日本の仙台育英高校に留学していて、走る技術を教わっていたとの事だった。成る程もう既に日本との接点があったから、こんなに日本語が上手だったのだ。それにしても、あの暑い中をあのスピードで優勝するとはすごいと思った。オリンピックレコードの優勝とのことである。
インタビューで応えていた内容に「我慢、我慢を日本人の渡辺先生に教わりました」とあったが、なんだか日本人のお株を取られた答えではないかとの思いもする。
いまや日本人社会は、かっての日本人の精神的支柱がガタガタと壊れつつある。
また、それを良しとする風潮も若者の間にあるようにも思える。グローバル化の波に洗われて、豊かさの中にひ弱さを取り込んで育った若者たちの多くが、これまでの日本人とは違うように思えるのは多くのお年寄りの感想ではなかろうか。でも、この二人は若者ながら古いと言われるかも知れないが、日本人の精神的支柱とも言える良さばかりを吸収して成功している。
こうした流れを見ていると、これこそ日本にとって本物のグローバル化ではないのかとの思いがする一方、あのお家芸であるはずの柔道の凋落ぶりには寂しい気がする。
オリンピックが政治の国威発揚の場として見られるようになって、いろいろ批判は多いが世界各国でメダルを争っている以上は仕方ないことだろう。問題はそこに不明瞭なルールの変更や参加選手の意向を無視した国の介入が強くなり過ぎることだ。
今度の北京オリンピックには如実にそれが感じられた。たしかに立派な大会ではあったが、表には出ない多くの国民の犠牲があったのではと想像される。
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