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2008年7月

高学歴の損失

  一般の大学生の就職率は少子化や団塊世代の退職等でまずまずの動きを見せてはいるが、大学院の博士課程を修了した高学歴の若者たちの就職難が大変だそうだ。それもとくに文系の人たちで修了者の25%が就職浪人だそうだ。

 41ajbuwlynl        最近、水月昭道さんと言う方が「高学歴ワーキングプア」(光文社新書)という本を著したがそれによると、博士号を取っても大学教員になれるのは数十人に一人だとされている。自身も博士であり今立命館大学研究機関の研究員だそうだが、これからの任期切れに備えて就職活動をしなければならないそうだ。

 いまや大学院はフリーターの生産現場と化し、コンビニで働いている人もいるそうだ。民間企業も採用には消極的で、企業の募集年齢を超えてしまう人が多いことからと専門知識は豊富かも知れないが社会常識や協調性に欠けるといった偏見がそうさせている。

 一方で、専門の就職支援会社「D・F・S」では、「大学院生は確かに優秀です。なにせ一つの研究をやり遂げた人たちだから何もしなかった学生より能力は磨かれている。」として反論しているそうだ。また、自分の能力に気づいていない院生もいて、研究テーマの関連会社で研究成果を披露するだけの就職活動が全滅状態だったがこの会社のアドバイスを受けて自己の適正を再確認してIT関連のデーター解析会社にすんなりと合格するなどの成果を挙げている。

 バブルで膨れ上がった高学歴教育政策の結果が、世情の変化でこうした受難の時代を迎えている。せっかく身に付けたこうした能力を無駄にしない社会が早く訪れることが望まれる。

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今時の若者意識

 「職業に貴賤無し」とは昔よく言われた言葉であったが、今時の若者の職業意識は「楽に、きれいに、楽しく」とかっての汗水垂らして、一生懸命働くなどという意識とは大きくかけ離れたものになっている。

 人間社会は多様な職業があって、それぞれがその生活を支え合って日々を暮らしている。現実はそうなのだが、個人には憧れの職業があって、そこに有り付けて毎日働ける人は極々少ない。それでは、その憧れの職業とは?毎年の学生を対象にした就職した会社はどこかという調査はよく見かけるが、若い女性を対象にしたそうした調査は珍しい。

 最近の世の中の若い女性を対象にした憧れの職業は?ということでその職業ベスト10に何とホステス、キャバクラ嬢が入っているという結果が発表された。

彼女たちをその職業に引きつける魅力は何か?華やかに着飾って、楽に大金が稼げるというのがその理由らしい。

 かってのこの世界のイメージは、経済的に苦しい女性が仕方なく水商売に入るというのが通り相場であり、惨めな暗いイメージがつきまとっていた。

それが最近は、普通のオフィスとして広いフロアに美容院にあるような化粧台を完備してスタイリストも待機し、髪型を整えドレスも派遣先の店で用意されどんな格好で来ようと即座に「夜の蝶」に変身が可能な世界が出現しているそうだ。

 ここ数年はごく普通の大学生、OLなどが登録してみんなさっぱりした態度で、まったく後ろめたさなどなく仕事しているそうだ。地方から出てきた学生の親たちには想像できない世界が広がっている。我が子の行状を知らぬは親ばかりなりとも言えるだろう。

 さらに驚くのは、学校を卒業したら即、この世界に入りたいという若い女性もいるとのことだ。まさに金、金という世の中に流れて行く風潮がそこにはある。

 こうした風潮にジャーナリストは、「必死に働いても報われない今の社会の空気を敏感に感じ取っている若者が、確実に大金が手に入る道を選んでいるのでは。」と分析している。同時に「正社員で働ける機会があるなら、一生不安定な生活をすべきではない。」と警鐘を鳴らしている。

 ところで、現実はと言うと外見とは違い中での仕事は、そう簡単ではなく、商品は自分であり、それをどれだけ売り込めるかが即、手にする金に直結する厳しい競争社会であり半端な気持ちでは続かない。甘く見える世界には、こうした大変さと魔の手も多く存在する。

 ゆめゆめ油断めさるな!世の乙女方よと申し上げたい。一時の誘惑に負けて一生の幸せをフィにするなとも申し上げたい。

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G8サミットから見たもの

400px34th_g8_summit_member_20080707  北海道の洞爺湖で行われた今度のこのサミットでは、これが主催国かと思われるほど寂しい内容に終わった。

 日本で行われたことで、ニュースも逐次流され多くの国民がその様子が分かり国際社会での日本の立場も理解できたことはそれなりに良かったかも知れない。

地球規模の環境問題をテーマにしたサミットではあったが、温暖化による危機が迫っていることとは裏腹に各国の主張は自国の利益を優先した駆け引きに終始していて、これでは何のためのサミットなのかと思わせる場面が只見られたのは、これが現実なのだろうと納得させられもした。

 それにしても、あらゆる場面で日本の外交手腕が問われているのだが、ここでも日本人の謙譲の美徳とでも言うのか諸外国からすれば物言わぬ日本の態度は相変わらずの場面に現れていて、これでは先行きの見えない将来の見通しだらけのようだ。

 41ictff1gyl        ところで、いまこの「ほんとうの環境問題」という本が話題になっている。

日本だけは生真面目に正面から、あの手この手の環境問題キャンペーンを国中を上げて行ってはいるが各国の思惑はまったく違うと本音に迫っている。

その答えは、途上国と言われる中国やインドが温室効果ガス削減を巡って先進国の経済発展の歴史の中で蓄積されたものだと言って譲らないことに現れている。いまや新興国の経済発展は止まるところを知らず、これまでの先進国と言われていた米国、日本などの経済の陰りが目立っていることで説得力も低下しているのが現状だ。

 この本によると、この問題の本質は環境問題にあるのではなくエネルギーと経済にあるのだと説いている。要は各国の国益争いが形を変えて行われているに過ぎないのだ。

 肝心の米国は、少しは歩み寄りを見せたみたいだが、京都議定書には批准せず自国の石油資本の保護を優先しているし、EU諸国は経済取引を主導にした実態のない排出量取引を積極的に進めている。日本だけが馬鹿みたいな正直さを全面に押し出して、各国の協力を取り付けようとしているが空回りしているに過ぎない。

 こうした中で自国の国益を考えるならば、代替エネルギーの開発に金を回して世界に打って出て経済利益を取り込む技術開発に専念するべきだと思う。建前だけで議論していては、国民生活が疲弊するだけに終わるだろう。

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何とも不可解

Mainimg 今日、7月1日からタスポなる制度が導入された。この制度が取り入れられた趣旨は、未成年者の喫煙防止を徹底させるためと言われているが何とも不可思議な日本的な対応と言えないだろうか?

 これも自販機が普及しすぎて、未成年者がタバコを買いやすくなったことが原因なのだそうだが、売っている側としては店番を素通りされているようで変な感じだ。

昔はタバコ屋の看板娘という言葉もあった。看板娘の顔見たさにその店でタバコを買うなどという趣は最早死語になってしまい、機械相手に無味乾燥なカードで判定されて買う世の中に移行しつつある。

 対面販売がいたるところで消えてしまい、人間不信ばかりが増えつつある。このような自販機が町中に溢れているのは日本だけだ。一度外国旅行して見ると、それがよく分かる。

何故、こういう商売が多くなり、無駄なエネルギーや人間不信を助長することを避ける議論が起こらないのか?これも不思議で、自販機業界の勢力図が広がってきたためなのかは分からない。片やコンビニ業界の深夜営業が環境問題の中で話題になっているが、この自販機問題にも一石を投じたい気がする。

 この制度が導入されたのも、買う側と売る側の折衷案のような気がしないでもない。

 いちいち買う側の年齢判定をしながら売る煩わしさと、売り上げは欲しい二律背反の中で商売をしているのは大変との思いもあるだろう。

しかし、どちらにも与しない禁煙家の立場とすると、どうしてこうまでしてタバコを売るのだろうかとまか不思議な思いもする。やはり、物を売る場合にはお互いのコミュニケーションが広がる店であって欲しいと思う。もうこれ以上自販機が町中に溢れない世の中であって欲しいと思うのもそこにある。それも商売、これも商売と言ってしまえばお終いだが。

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