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2008年6月

食糧自給率の危機がある中で

 210pxtincansthree                 日本の食糧自給率が心配され出してから久しい。

その一方で、飽食の時代とも言われて、食べ残して捨てられている食品も大変な量になっている。また、食にまつわる不祥事や偽装事件が後を絶たない。いったいこれはどういう事なのだろう。この事について、いま読売新聞で特集記事が組まれているので読んでみた。

 今日の記事の内容は、日本の賞味期限と諸外国のそれとの比較が出ていたが、あまりにもその期間が違うのに驚くとともにこれでは捨てられる食品も増えるはずだと納得できた。

 かっては食糧難の時代を経て、年配者の多くはこんなに食べ物を粗末に扱うことはなかった。それが時代を経たいまでは、こうも粗末な扱いで捨てられている。

 受給バランスがどこかおかしい。国そのものでは受給率が低下して危機が叫ばれていながら、個人の生活の中ではこうした大きな無駄が日夜際限なく行われている現実がある矛盾を感じた。もったいないと言う言葉がむなしく聞こえる。

 例えば、生卵の賞味期限の比較では、日本ではパックされてから2週間が標準、アメリカは3週間、ブラジルやニュージーランドなどでは最長で35日にもなっていて大きく違いがある。その理由として日本は生食が多いからとの事が上げられている。しかし、全部が全部、生食で食べる訳ではなかろうにおかしい理屈だ。また、缶詰の試食実験では13年前のものでも十分食べられることがわかった。ちなみに缶詰の賞味期限はその殆どが3年になっているそうだ。

 これらはみんな役所の基準で物事を決めて、国民もそれだけを頼りにしているからだろう。さらに、役所はその基準を生産者の視点で決めているのではないだろうか?

 いまになって消費者庁をと言う声が出始めたが、かっての行政の基準は業界寄りで物事が決められていた。生産者側にしてみれば、多くを消費してくれて販売商品の回転率がよい方が経営上有利になること請け合いである。この慣習がいつまでも変わらなければ、消費者自らが自分の判断で的確な自己責任で行うより仕方ない。

 消費者自身ももっと利口になり、何でも問題が起きてから噛みついたり、文句を言う前に自分たちでその制度をつくっていく気概をもつべきだろう。賢い消費者とは?そういう勉強会を全国的に広める必要がありそうだ。

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この矛盾にどうしたら

 毎日、為替相場を見ているのだが、円安傾向が止まらない。

米国がサブプライム問題で揺れて、世界は一時パニックになったものだが手早い応急措置で減税して何とか立ち直った様子も見える。日本は、日銀総裁問題で擦った揉んだしたが何とか落ち着いた。それは良かったのだが、相変わらず低金利で預貯金の預け先はタンス預金と変わらない金利である。これから団塊の世代が退職金を手にして、その運用に心配して行かなければならないのにどうしたらよいのか?

 株は、外国人投資家が買ってくれるから保っているようだが、それとて安定性のないもので企業は配当をひねり出すのにシックハックしているのが現状だろう。これらから、どうしても運用資金は海外へと向かう。

最近は原油高を始めとして、それから派生するあらゆる物の値段が値上がりしている。中でも食料品の値上がりは、日々の生活に直結しているだけに深刻だ。それも世界的な流れになってきて、世界の各国は食糧自衛に乗り出して来ている。我が国も、これまで減反政策を続けてきた米の生産を逆に生産奨励へと切り換えようとしている。しかし、備蓄米は相当あるので、これを消費して何とかせざるを得なく、農水省は「米を食べましょう」と大きな広告まで出した。

 あるエコノミストが言っていたことだが、世界のこの原油高や食物・飼料高の原因は投機マネーが流れ込んだことに起因しているそうだ。要するに金余り現象が、その運用先に困り何でも投機へと向かっている訳だ。それにしても金は余っているのに、その余っている金に苦しんでいる我々は一体どういう存在なのだろうと思う。

まあ、余っていると言っても有るところに在るだけで、無いところには無いのだ。

それが為、世の中は格差だらけで物騒な犯罪が起こるし、戦争だって起こりかねない様相を呈している。国内の事情でも政府は金が無く、大変な赤字財政を何とかしなければと、あの手この手の財政赤字解消策を行おうとしているが、その一つがあの「後期高齢者医療制度」だと言う。ここでも一番金のない年金生活者が困って怒っている。

 新聞に出ていた話に、ある国際アナリストに聞いたところ、投機マネーが流れて来ている先は日本からだと言う。国内で運用先のない日本人の投資マネーが、投資ファンドにより運用先を求めて商品投機へと流れている。そのため食糧の調達の殆どを海外に依存している国内の食料品は値上がりする一方だという結果になっていると言うのだ。

 自分たちで自分の首を絞めているこの矛盾にはどうしたら良いのだ?

 いまの時代、これほど政治を頼りにしなければならないと言うのに与野党はさっぱり期待に応えてはくれない。我々はいったい誰を頼りに生きるやらである。

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読書ランキングについて

 今日、NHKの「クローズアップ現代」を見ていたら、老舗出版社が倒産しているとの報道がされていた。不景気風はこんなところにもと思って、見ていると原因は別のところにあるらしい事が分かった。最近の読者層は、何でも売れ筋で本を購入しているそうなのだ。従ってその範疇に入れない本は永遠に売れ残ることになる。

何やら政治の世界の支持率競争と似てないでもない。

政治の支持率は国民に対する政策が良いか、悪いかではっきりした判断が作用するが、本の売れ筋とは選ぶ個人の趣味趣向によりまちまちであり、時の話題性もあるかも知れないが、これとて本を買おうとする人たちがみんなそれを求めているかと言えば、そうとも言いかねる。それが右向け右と同じ本を求める傾向と言うのは何だろう?

 本好きな自分から言わせてもらうと、一言で言えば「本を読む人がいなくなった」としか思えない。それでは何故本を買うのか?若い人たちに多いそうだが、友達同士の話題性に必要だから止むを得ず買っていると言うのが真相ではなかろうか。

 何やら最近の世相を反映しているのが読書の世界にも、と言うより本を読まなくなったことで物事を深く思考することなく判断して、長いものには巻かれろ式の人間が増えつつあるのではなかろうかと大変心配になる。独断と偏見で言わせてもらうと、これはテレビの影響が大で、付け足しで話題性と流行性という味付けを売れ筋本でしているのではと思ってしまう。テレビで政治の世界をお笑い同様に面白おかしくして、わかりやすくしているつもりかも知れないが、自分たちにもっとも影響してくる生活上の問題に真剣に向き合おうとしないで済ませてしまい生活状態が日々劣化して行くのに気が付かない。

 そうしたテレビ番組に出ている政治家たちも、自分たちの支持者と同席しているつもりになって、その場限りの迎合的意見でお茶を濁しているに過ぎない。

 この読書ランキングなる売れ筋傾向によって、老舗の出版社がつぶれているそうだ。こうした出版社ほどこれまで真面目に出版本の内容を精査して頑張って来たに違いないと思う。何でも売れればよいと言うのは、売れなければまた困るけれども昨今の風潮の金になれば良いと言うのとはちょっと違う。そこには出版社としての読者に対するある種のポリシィがあると思う。ある種の社会性とでも言おうか、何らかの世の中に対する影響力の行使を計算した金だけではないものがあったはずだ。

 金まみれに汚染された社会が人間の劣化にも及んで来ているのを感じる度に、あらゆる場面でこうした現象が目につくようになったと思える。

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