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2008年5月

廃屋を語る、その2

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 何の変哲もない廃屋かも知れないが、左右の大小で一対の廃屋なのだが分かる?

これは田舎で見かけた廃屋、もうツタが絡まって住人もいなくなって相当経つのだろう。それが小さい方の小屋をよく見ると、昔田舎で使っていた厠なのだ。と言っても若い人には理解し難い建物だと思うが、簡単に言えば便所なのだ。

昔の農家などでは、住まいと日常使う便所はこれほど離れていた。

どうして、このような造りになっているのか?人間の排泄物が大切な肥料として使われていたからなのだ。ここで溜め込まれたいわゆる肥えと言われた排泄物が、ここから汲まれて畑に運ばれ、肥料として撒かれ美味しい野菜が出来ていた。

循環型の農業が行われ、江戸時代からの伝統農法として受け継がれて来た。

夜などにこうしたトイレに行くのは、嫌だった経験をお持ちのお年寄りもいるかも知れない。たしかに、これだけ離れていて恐らく明かりも無かったことだろう。子供たちにとっては、夜のトイレに行くのは恐怖の毎日だったと想像される。我慢に我慢して寝小便することも数あったことと想像される。

これも時代の変遷を経て、いまや全国的に水洗トイレが行き渡り飛躍的に衛生管理が行き届いている。物事は何事も一挙に発展するものではない。過去にはこうした生活を経て日本の国が豊かになってきたのだ。ありがとう、お百姓さん。

便利さとともに農業の自給率は、どんどん落ち込んで来た。いまでは抗菌グッズなども出回り異常なほどに衛生面で神経質になっている。同時に身体の抵抗力が低下して、ひ弱な若者も増えつつある。こうした若者には、こんな過去には想像も付かないだろう。

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食料自給率アップを考える

250pxkatsuwonus_pelamis  以前から言われていることだが、我が国の食料自給率は40%を切る状況で、殆どを外国からの輸入に頼っているとのこと。

先頃も中国の毒入りギョウザ事件で、この問題はクローズアップされてもいる。一度何かがあれば、万事休すに近い状況であり世界の一部の国々では食料を巡って紛争も起きている。

食料の中では農業問題が中心になってきたが、政府は2007年度の水産白書から食用魚介類の自給率について、その対応策を発表した。

それに依ると、1998年以降50%に落ち込んだままになっている。問題は世界中で需要競争の中心になっているサケやマグロの消費に偏っている現状がこの現象を生んだとして、輸入魚から日本周辺の魚介類の消費へと転換する必要がありとしている。

これらの魚は比較的価格も安定しており、春はカツオ、夏はスルメイカ、秋はサンマ、冬はブリと言った国産の魚介類を国民一人当たりが毎月多く食べれば、それぞれ1%自給率が上がり全体で4%引き上げられるそうだ。

春はカツオのタタキを毎月1皿(7切)・夏はスルメイカの姿焼きを毎月1杯・秋はサンマの塩焼きを毎月2匹・冬はブリの照り焼きを毎月1切れが目安となる。

この内容を見ると、まんざら嫌いなものはなさそうだし、改めてみんなが魚料理の在り方を見直して自給率のアップに貢献できるような気がするのだが、どうなんだろう?

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廃屋は語る

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 何とも時代離れした廃屋が一軒、壁は昔懐かしい泥塗り壁である。

はるか時代を生きて来た時代の移り変わりを感じさせるが、その後ろに建っている家の屋根と比較すれば、よく分かる。

相当田舎の一軒家に違いないと思いきゃ、何とこれが東京都心の郊外なのだ。

今日の散歩の途中で見かけたのだが、周りの景色と比べてあまりに違和感があったので写真に納めた。それにしても東京近辺の変わりようは激しい。

この朽ち果てた廃屋は、やがて取り壊されるであろう。戦後一生懸命生きてきたのだ。何だか戦後頑張ってきた高齢者の姿とダブル光景にも見える。

じつはこの廃屋の前には竹藪が生い茂っていた。この老いさばらいた姿を人前に見せまいかとするように隠れていたのだ。

ひっそりと静かに生きてきたこの老屋はいまや死期を迎えようとしている。役目を果たし終えた満足感を感じさせるようなしっかりした外観だ。

長年の風雨にも耐えて、さすがに壁だけは崩れかけて中の竹で出来た骨組みを少しばかり見せてもいる。ありがとう、多くの家族を守ってくれたこれまでの歴史を・・・

古い物を次から次へと壊しては、新しい物へと作り替える文明はこのあたりで御免だ。

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どうして当たり前のことが

 各企業の決算書が出され、新年度に向けての事業が始まろうとしている。

ここで、いま問題視されているのが日本企業の海外現地法人の利益滞留だ。日本の現状は、見ての通り消費は冷え込んでいて企業は国内で利益獲得など無理な状況は明らかで、大企業を中心に殆どは海外での利益によりバランスを保っている。

 それでは何故同じ企業の中でこうしたことが起こるのか?

日本の企業でありながら、その儲けた金が国内で使えない矛盾はどうしてなのか?

これはどうやら日本の税制にあるらしい、海外からの法人利益を国内に持ち込む場合に法外な税金が掛かるため企業は現地に滞留させながらそれを活用する手だてを講じている。これはどう見ても不可解と言える。

先般、甘利経済産業相はこのことについて言及し、国内にこうした利益を還流させることで景気浮揚の一翼を担いたいとした。至極当然な見解である。

国民はこのような不条理を知らないままに、少ない収入で我慢を強いられて消費も低迷している。

昨今は国際競争力を高めなければと、企業も内部留保を充実させながら株主配当にも大きく稼ぎが出ていく環境に置かれている。とくに国内の証券市場は、外国資本による株主が多くなり、物言う株主が一段と増えていて対応も難しくなっている。

それに対応するためにも企業法人税は高く出来ない事情は十分と理解できる。

そこは法人税の徴収とは別にこうしたものは、是非、税制改定より非課税してでも国内で使えるようにすべきである。政府の見解を支持して声を上げたい。

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伝統芸能が回復、躍進

350pxkabuki_performancej_m_w  

日本の伝統芸能を改めて世界が見直しつつある。和の文化の魅力に西欧を始めアジア諸国も目を向け、熱い視線が注がれていると言う。

                      200pxokuni_with_cross_dressed_as__2   その中の代表があの歌舞伎だそうだ。もともとは出雲阿国と言う女性芸能者が安土桃山時代に始めた踊りが、その発祥とされ現在は無形文化財として伝統芸能としての地位を築くに至った。

今年は先頃、中国国家主席の胡錦濤主席が来日して、日本の和を中心にした文化に触れ、好印象を得て帰国されたようだがこの歌舞伎の中国公演も行われている。それも中国の伝統芸能である昆劇という京劇に似た世界無形遺産に認定された劇との合同公演だと言うのだ。.

これには多くの観客が詰めかけて、大変な人気ぶりとのことで日本からは女形の歌舞伎界代表として板東玉三郎が参加している。

台詞はすべて中国語でこなし、それだけに人気も過熱している。

歌舞伎の海外公演は、1928年に旧ソ連を皮切りにすでに60回を超えている。これまでは海外からの招きで、公演を行ってきたが今回は国内興行を手がける松竹の主催で行われているとのことだ。

これとは別に、中村勘三郎がドイツ、ルーマニアと公演を行うとのことである。

これらが成功すれば、「日本文化の代表としてだけではなく、世界の文化としての発信にしていく」と松竹の関係者は意気込んでいるそうだ。

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伊達公子に学べ!

 世の中、暗いニュースばかりの昨今で唯一の明るいニュースとして、これからの若い人たちに希望を与えてくれる存在が現れた。かって世界テニス界で日本人プレイヤーとして名を馳せた伊達公子がその人だ。

 やれば出来ると心の中で叫んでも、実際には体力、気力ともついて行かないのが大方の凡人である。それを自分で作り上げることこそ大切なのだが、作る努力はなかなか出来ない。結果を先に求めて、かなわないとなるとすぐ投げ出すのが今の若い人たちには多い。我慢、忍耐という言葉が備わっていないからだ。

 何事にも、そこに到達する過程がありそこに結果につながるキーポイントが隠されていると言っても過言ではない。しかし、マスコミに取り上げられるタレントや芸能人の多くは下積み時代は飛び越して、いまの人気で取り上げられる事が殆どだ。

 ここに目が行く今の若者は一過性で消えて行く者が多いし、成長過程でも豊かな物に恵まれ我慢少なく育っていることで忍耐力も養っていない。

 かってのテニス界の女王であった伊達公子は、いったん引退したものの後輩のそうした流れを見るにつけ「自分が手本」になろうとして再びテニス界へと復帰した。

 ここが並の先輩と違うところだが、見本になる以上は彼らを凌ぐ実力が必要だという認識があったことだ。出番を期して、密かに練習を重ねステップアップして行く努力をしてきたのだ。これは何事にも通じる手法なのだろうが、山登りに例えて見るとよく分かる。

 最初は低い山から、徐々に高い山へとトレーニングするのが常道であり、彼女も過去の栄光を払拭してこれを重ねた成果が脚光を浴びる結果になったと言える。

 この事例を手本にして、仕事にスポーツに勉学にと、どんな世界にも応用する気風が蔓延して欲しいと思う。いまや便利になり過ぎて、物事を安直に考えて真面目に物事に取り組まず犯罪に走ったり、自己中心的に我を通そうとする者があまりにも増えている。

 一人一人が自己研鑽に励み、自分の世界実現に頑張ろう。

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文化の違い

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ここは、上野鈴本演芸場であるが近代的ビルの中に収まった演芸場とは言えここで演じられているのは正統派の寄席・講談など日本の伝統芸術に近い歴史ある演じものが残っている場所でもある。  

最近は関西の漫才はすたれ、吉本興業を主体にしただじゃれに近いものが若者に受けて隆盛の限りだ。 テレビ出演で、歌って踊ってだじゃれを飛ばしていれば受けるお笑いとは、単純明快にして深く考える必要がない。

えらいくさして申し訳ないが、面倒くさいことが嫌い、何でも自由に手に入ることを会得してきた今時の若者にとってはジャストフィットしているのかも知れない。これも切り替えが効けば良いのだが・・・  

ところで、ここの演芸場は入ってびっくり設備はすごい。奥に深く続く入り口の先には立派なエスカレーターがあり、それに乗って3階まで行くとホールへと繋がっている。中には何でも売っている売店があり、飲食しながら寄席や講談が楽しめるしおいしい「志の多寿司」が評判だそうだ。イスには小さいテーブルまでついていて、さながら新幹線に乗って寄席を聴くようなものだ。  

寄席とは何ぞや、いまのように娯楽が少ない江戸時代の初期に始まったこの娯楽、当初はお寺や神社の境内の一角で不定期に行われていたそうだ。これが専門的に行われるようになったは、1798年に台東区は下谷神社の境内で、そこには寄席発祥の石碑が建っているそうだ。ちなみに初めての寄席を行ったのは、初代・三笑亭可楽という人だそうだ。

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