美しい国が崩れて行く
ウサギ追いし彼の山・・・かっての日本の山村は、本当に心安らぐ美しい国の源でもあった。いま国は格差問題が論議され、地方と都市の大きな経済的な乖離が深刻な問題になっている。人口は高齢化が進み、田舎に住んでいた若者は都会に出たっきり帰って来ない田舎の集落が大変な数に上っている。65歳以上が50%を超えて冠婚葬祭など共同体としての行事が維持できなくなって、村そのものが維持の限界に近づいている集落を「限界集落」という言葉で言うそうだ。そうした集落の数がじつに8,000以上にも及ぶと言う。まさに国土の崩壊状態に近づいているとも言える。そこには65歳以上のお年寄りが過半数を占める民家ばかりで、田畑は荒れ、山林の手入れも手つかずになっている。
この限界集落になる大きな要因は、ダムなどの工事で村落の多くの住民が集団移転する。地元産業の閉鎖により人口が減少していく。そして過疎化により高齢化が進んだ結果として徐々に集落の消滅へと至るなど経済的要因以上に深刻な内情が伺われる。日本を世界に名だたる「美しい国」として外国からも賞賛されて来た大きな象徴が山村の田園風景であったはずだ。あの養老孟司さんが「都市化の限界」という本を書かれているが、自然破壊の最たるものが都市化であり、そこにはすべて経済効率という尺度で物事が図られ、それにそぐわない現象はすべて破壊の対象にされる。いま東京で行われている再開発などもつねにスクラップアンドビルトの連続である。その行き詰まる先は荒廃した都市や環境破壊の山となる。勿論、景観に配慮する余裕のないのが多くの都市と言える。
人々の心も経済効率で追いまくられる結果、つねに不安と焦燥に駆られ犯罪も多くなる。他人を思いやる気持ちなど持てない競争社会があるだけであり、周りに関心が無いため都会の孤独死も数多く出ている。調和のある発展は望めないものだろうか?かって「均衡ある国土の発展」というキーワードが流行ったことがあったが、一極集中による弊害ほど実のない経済発展はない。諸外国の例を見ても、最近の日本ほどこの現象が際だっている国は珍しい。この点は企業と行政組織の配置やいま論議されている連邦制度などで国土全体に余裕あるインフラや経済メリットが配分できる構想が必要なのではあるまいか。
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